ギャンブルをやっているときは、自分の意志でギャンブルから離れることができませんでした。
「辞めどき」がわからなくなっていたのです。
パチンコ屋に行ったときも
朝一は「1台打ったら帰ろう」と考えます。
その一台を打ち終わっても、負けていたら取り返したくなります。
勝っていたら、もう一台打ってもダメージが少ないと考えます。
期待値の高い台を見つけて「これは座らないともったいない」と思って打ってしまいます。
しかしそれは、打ちたいがために無理やり理由をつけているのかもしれません。
公営競技をやるときも
次のレースの情報をみると「当たるかも」「これは鉄板」とやはり理由をつけてやってしまいます。
こういうことを繰り返していくからこそ、朝から夜までパチンコ屋にいる人や毎日ギャンブルをしている人になっていたのだと思います。
この「辞めどきがわからない」ことは性格からきているものでしょうか。
ギャンブル以外にも、ダラダラとスマホを見続けてしまったり、友達とのおしゃべりが楽しくて夜更かししたりと、辞めどきを逃すことは珍しいことではありません。
先日友達数人とボードゲームをしていました。
夜遅く、ゲームも終盤になり「これが最後ね」と話しながら最後のゲームを始めます。
しかし、誰かが「もう一回やらない?」と言うのです。
その人たちは決してギャンブル依存症の人ではありません。
それでも、同じような思考をしていました。
僕も、「もう一回やろう!」という場面はたくさんあります。
それでも、他人の状況や時間を考えて「もう一回やりたいけどやめとこう」と思う時もあります。
これらを考えたとき、何かを楽しみたい、もっとやりたい気持ちはだれでも持っているのだと思いました。
そして、周りの人の様子や時間を考えてやりたい気持ちを抑えることができていることがわかりました。
ギャンブル依存になると、いつも自分だけの世界に閉じこもってしまいます。
つまり、周りの人との兼ね合いで「やめる」という選択はしなくなるのです。
ギャンブルをやめるときは最終レースや閉店など、ギャンブルができない時間になったときです。
逆に言うと、時間があるかぎりギャンブルをしてしまいます。
まだまだ楽しみたい気持ちに対して、自分や周りの状況をみながら「やめとこう」と思える場面は、誰にでもあるようです。
それは、自分自身も経験していました。
それでも自分がやめどきを見失っていたのは「独りだったから」だと思いました。
独りだったからこそ「もう一回やってもいいか」と甘えていたのだと思います。
こう考えたとき、ステップ⑤「孤独からの脱却」が重要だと改めて考えることができました。
ギャンブル依存と関係ないところにも同じような思考があり、それが回復のヒントになることもあるのですね。
また自分の経験や周りの人との対話を通して、回復について考えたいと思います。
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