人生の振り返り

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僕は、自己肯定感が高い方だと思っています。

しかしそれは、これまで自分が積み上げてきたものを「自信」としているからだと思います。

 

昔から「良い子」になれるよう、頑張ってきました。

特に勉強を頑張ったらほめてくれる、成績が悪かったらけなされる家庭でしたから、一生懸命勉強してきました。

とにかくほめられたい気持ちが強く、何をしてでも成績を上げたい気持ちが強かったように思います。

 

高校生のときになるとそれは顕著に表れ、「いい大学に行く」「とにかく成績を上げる」このふたつのことを一生懸命やっていました。

カンニングまではしないですが、ずるいこともやりました。

勉強をしているとほめられたので、やりたくなくても長時間机に向かっていました。

 

いつも僕が望んでいるのは、「自分だけ」という特別感です。

自分だけがすごい

自分だけが褒められる

そんな状態を目指していました。

 

大学に入り、ようやく勉強から解放されたと同時に、就職という新しい壁があることに気づきます。

大学生の自由に心を躍らせながらも、勉強に対する不安は抱えていました。

一年生の頃は、まじめに勉強をしていました。

それでも、誰もほめてくれません。

むしろ、自分以上に他の人は賢く、なおかつ勉強もしていました。

そんな状態ですから、自己肯定感は少し低くなります。

 

そんな中、パチンコを楽しむ兄が近くにいました。

僕は、パチンコを楽しむ兄に興味を持つようになり、次第にパチンコ自体に興味を持つようになりました。

パチンコは自分に特別だと教えてくれます。

ヒキの良さや大勝ちする経験は、自分だからこそできるものだと勘違いさせました。

 

「周りに認めてもらいたい」

そういう気持ちが強かったと思います。

 

自分をほめてくれて、特別だと教えてくれるものがギャンブルであり、どんどんそれにはまっていきました。

それは勉強よりも簡単に自分を認めてくれ、お金というわかりやすい数字が、その根拠になっていました。

 

ギャンブルを辞めている今でも、特別感やほめられることが好きです。

ほめられるための行動をしてしまいます。

抽選やUFOキャッチャーが好きなのも、「自分だけは特別だ」という感覚を得たいのだと思います。

何をやりたい、何が欲しいというわけではないのです。

とにかく、「自分が認められたい」が行動の力になっていました。

 

今は、そんな自分を客観的に見るようにしています。

できるだけ行動の意味を考え、落ち着いて状況を見つめます。

失敗してしまうことも多いですが、自分と向き合いながら今後も進んでいきたいと思っています。

 

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